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第15章 近代食と未開食の特徴(後半)
未開種族について研究する際に、私は彼らの持っている袋を調べることがとても役立つ方法であることに気がついた。私は、ナップサックの中身をぜひ見せてもらえないかと未開人たちによく頼んだものだ。アンデスの山岳地帯では、乾燥した魚の卵と海草が袋に入っていた。おもしろいことに、このアンデスの未開社会でも、中央アフリカの未開社会、オーストラリアの原住民の社会でも、どこでもナップサックには、少しの水で溶いて固めた粘土の塊が入っていた。この粘土の塊は一口毎に食物に少しつけて食べるのである。彼らの説明によると「胸のむかつき」を防ぐためだそうである。これが、原住民たちの赤痢と食あたりのための治療薬なのである。私も中央アフリカで調査をしているとき赤痢にかかったが、やはりこの方法で治療を受けた。私が診てもらったナイロビのイギリス人医師は、ここでは粘土を水に溶かしたこの土地の治療薬を処方していると語っていた。それは確かにたいへんよく効いた。未開種族の間で長い間行なわれてきたことを近代医学が徐々にではあるが取り入れつつあることを示す一つの例としては、近代医学のなかでも粘土(カオリン)を用いる治療が最近広く流布していることが挙げられる。このへんの事情は次のように説明されている(3)。
財団のぺ一シー・スレード理事の資金調達のおかげで実現した南米のチチカカ湖への調査旅行には、著者の一人H・P・ムーンも参加したが、その旅行中、プノの近くのカパチカ半島に住むクェチュ・インディアンの食生活に関して興味深いことが観察された。ここの人々はインカの子孫でその暮らしぶりはきわめて未開の状態にあった。彼らはじゃがいもを中心とした菜食生活をしていた。じゃがいもは、食べる直前に、粘土の懸濁水に浸けられるが、それは「胃酸過多」を予防するための処方だと言われている。この20年間に、イギリスとアメリカの両国薬局方にカオリンが加えられたことは興味深い。
私たちはこの粘土を調べてみたが、これはたぶんコウマリンではないかと思われる少量の有機化合物と、それに粘土が掘られた所から生えた草が腐敗してできたと思われる物質、この2つを含んだカオリンを成分としていることが判明した。現地ではこの粘土をチャコ(chacco)と呼んでいるが、インディアンは良質のものと質の悪いものとを区別している。この食習慣はプノ地区一帯に普及しており、おそらく古代にその起源を発しているのではないかと思われる。
このカオリンが比較的最近になって、胃と腸の粘膜を保護する薬品として、また腸の細菌感染の治療薬として近代医学に導入されるようになったことを考えれば、未開の種族によってこのようなことが実践されていたことはかなり注目してよいのではないだろうか。…
昔のインディアンは死者を葬るときに、黄泉の世界への旅立ちに持って行くための食物をいっしょに埋葬した。この埋葬された食物を調べると、シェラ高原に住むインディアンは、今日でも、多くの点で何世紀も前に生存したインディアンとまったく変わらない生活をしている。昔も今もここの主要な食べ物は、炒りとうもろこしと炒り豆で、重い荷物を背負って歩く時に人々はそれをしゃぶっていたのである。今日でも遠出する時は、この炒ったとうもろこしと豆が長旅の唯一の食料となっている。私たちも食べたがお腹が空いたときは、この炒った豆がひじょうにおいしく、空腹を満たしてくれた。
アマゾン流域に住むインディアンは、アンデスのシェラ高原や沿岸地帯に住む人々とひじょうに異なった歴史をもっている。つまり広大なアマゾン流域は一度も踏査されたことがないばかりか最奥地まで人が入ったことがないという事実は、ここに住む種族がいかに孤立していたかを物語っている。したがってこのインディアンたちを征服したり近代化しようとする試みはあまり成されてこなかった。奥地に入ったごく少数の探検家が、植物、動物それに原地種族の特色を報告している程度である。私たちが接触できたのはただコーヒー豆の収穫を手伝いにコーヒー農園にやって来ていた種族だけである。この人々については第14章でかなり詳細に述べたが、アマゾン流域は雨がよく降り、アンデスの東部流域から川が無数に流れ込んでいるので、熱帯のジャングルに住む種族は水が豊富にある。したがってここの人々はカヌーを扱ったり、魚を捕ったりすることが得意である。しかしアンデス高原のインディアンと違い、彼らは農耕種族ではない。彼らは、ほぼ野生の物だけを常食としている。彼らは吹き矢や弓矢使いの達人で、また網やロープで魚を捕るのも上手である。彼らはゆり科に属する種々の食用植物の根といろいろな点でよく似た、ユッカと呼ばれる塊茎を大量に使用していた。この植物はじゃがいものように茄でて食べられる。バナナなどの野生の果物といっしょに川の魚、陸に棲息する鳥や小動物も大量に食べている。彼らの食べ物には豊富なミネラルとビタミン、それに適量の炭水化物、脂肪、蛋白質が備わっている。
未開種族と我々近代文明人の食事の栄養価を評価する場合、丈夫な身体を造り、それを健康に保持していく上で是が非でも必要なものを基準にして測れるものさしが必要である。近代化学の進歩はこのことを可能にする上で大いに貢献してきた。
各地の未開種族の場合で、原地食にとって代って使われている食品群のミネラルと賦活剤の含有量を、言い換えると身体の形成と回復にあずかる特質を判定するという問題は、現在の文明化された白人社会で用いられている食品のこれらの特質を評価することと、いろいろな面で類似してはいる。ただ近代商業は保存がきく食料だけを未開社会に送り込んでいる点が違っているわけである。共通する食品としては、主として精白小麦粉、砂糖、精白米、植物油のほか缶詰食品が挙げられる。
現在のアメリカ人の典型的食物に関する必要なデータは、合衆国農務省の家庭経済局と労働省の労働統計局が提供している。これらの調査統計をもとにして、アメリカ社会の食物選択にはどういったタイプがあるか、そしてタイプ毎の使用量はどれほどであり、これらの食品の化学成分は数量的にみてどれぐらいなのか、といった事柄に関する収入階層別の栄養摂取量が判定できる。さらに詳しいことを知りたい人は前述した省庁の出している刊行物を参照されたい。虫歯にかかっている者やその他身体的障害がある者のミネラル保有量に関する私の臨床研究によると、カロリーは一般に十分補給しているにもかかわらず、彼らが食べている食物に含まれているカルシウム、燐、脂溶性賦活剤の含有量はまちまちであった。カロリーの量は食欲の程度によって左右されるのである。調査の結果、カルシウムの摂取量は0.3-0.5g、燐の場合は0.3-0.6gであった。アメリカ労働局によって引用されている、シャーマン氏などその道の権威が提示した数値によると、成人の最低必要量はカルシウムが0.68g、燐が1.32gとなっている。したがって上の事例であがっている量は、たとえ食物のミネラル分を100%吸収したとしても、最低必要量にさえはるかに及ばないのである。そこで、実際に食べた食物から、人体がどれだけ効率的にミネラルを吸収できるかという問題が起ってくる。大規模な実験による測定結果によれば、大部分の人は食べた食物に含まれているカルシウムと燐の量の半分しか吸収できないことがわかっている。体内に吸収できる量はそれとは別の物質、特に脂溶性ビタミンといった物質が体内にあるかどうかによって直接規定される。この点に関して言えることは、おそらく現代の食事では、食物に含まれるミネラルを人体組織が利用できるようにする上で必要なビタミンなどの特殊な賦活剤の十分な量を摂取利用するという点で、大きな支障が生じているということである。
アメリカ医学協会(4)の食品問題協議会の最近の報告書はホウレン草について次のように迩べている。
ホウレン草は豊富なビタミンA源であり、ビタミンC、鉄分のほか繊維素の供給源としても貴重な食物である。(しかし)乳児には鉄分が充分吸収されない……(ので)カルシウム源としてホウレン草を乳児にあたえても無駄である。つまり、たとえホウレン草にカルシウムが含まれていても、乳児はそれを活用できないのである。6歳以下の児童は、ホウレン草に含まれているカルシウムと燐のほんの少量しか吸収できないことを示す統計資料も発表されている。成人の場合は、個人によってミネラルやそれを利用するのに必要な他の化学物質の吸収率は異なっている。たとえ食べた食物にたくさんのミネラルがあっても、ある一定量の脂溶性賦活剤がなければそれは利用できないので、結局ミネラルに飢えるといったことも起こり得るのである。
このことは次の例によく示されている。ひどい不況が続いている時だったが、私たちが住んでいる町の工業地区に住むある牧師が、死にそうになっている子どもの受洗の依頼にたった今応じてきたんだ、と私に電話で知らせてきた。その子どもは痙攣の発作にたえず見舞われていたが、まだ死んではいなかった。その牧師はそういった状態が栄養と関連しているのではないかと思い、私の診療所へすぐに連れて行ってもよいか尋ねたのだった。連れられて来た男の子はとても衰弱しており、虫歯もひどく、片足にはギブスがはめられ、ひどい気管支炎にかかり、たえず発作的な痙攣に見舞われていたのである。その発作は、ここ8ケ月間にとみに悪化していた。3ケ月前、彼は部屋の中で動こうとした時、急に発作が起って転倒し、足を骨折した。しかしそれもまだ治っていない。その子の食事は精白パンとスキムミルクであった。骨折を治すにはミネラル類、カルシウム、燐、マグネシウムがこの子には必要だった。彼の発作は血液中のカルシウム量の不足によるものであった。乳脂肪分を抜いたスキムミルクにはほんの微々たるカルシウムと燐しか存在しない。したがって食餌療法として、精白パンの代わりにひきたての麦から作った粥を食べさせ、スキムミルクに代えて生乳を飲ませ、毎回の食事に高ビタミン・バターを約小さじ1杯食べさせた。診察を終え帰宅した晩にこの食事を摂ったのである。その夜は1晩中発作は起こらなかった。翌日同じ食事が5回与えられたが、発作は起こらなかった。この男の子の健康は次第に良くなり、発作がふたたび起こりそうな気配は見られなかった。1ヶ月も経つと骨折も完全に治った。図93には、治療前と治療後の2枚の写真が示されている。食餌療法が行なわれてから6ヶ月経って、男の子を連れて来た牧師が、経過を見にその子の家を訪問した。母親によると、ついさっきまで玄関で遊んでいたというが、見当たらなかった。母親が呼んでも返事はなかった。ほどなく、その子が2階に通じる縦樋に登っているのを見つけた。母親に叱られると、走って逃げ、庭の垣根を飛び越えて行ったが、このように普通の子どもとほとんど変わりなくなったのである。その子に是が非でも必要だったものは、スキムミルクや精白パンではなかった。それは生乳にはあるがスキムミルクにはなく、ひきたての全粒小麦にあって精白小麦粉にはない、ビタミンやその他の賦活剤であった。この男の子は大自然によって育まれた自然の食物を与えてやるという単純な方法によって健康を回復したのである。
図93 この写真は栄養不良による痙攣に苦しむ4歳半の男の子の、骨折した大腿骨が急速に良くなっていく様子を写したものである。痙攣が起った時骨折してしまったのである。そして60日間は少しも良くなっていなかった。ところがビタミン入りのバターでの強化食品の補給の後に、30日で骨折は右の写真のように治ったのである。スキムミルクの代わりに生乳が、精白パンの代わりにひきたての麦から作ったお粥が食事に用いられたのである。
図94 5歳になる男の子は2年半もの間、炎症性リューマチ、関節炎そして心臓病にかかっていた。左上の写真をみれば、首、左手首、腫れ上がった膝に足首、これらの動きが不自由なことがわかる。上の真ん中の写真は食餌療法をしてから6ヶ月後のもので、その回復ぶりが窺える。右上の写真は1年後である。下のX線写真は甘味食品やケーキを与えられていたペットの猿で、ミネラル分が大量に不足し、生じた骨の奇形の様子がわかる
身体に普通以上の負担がかかる時に起こる骨からの借用現象は、骨を軟化させるのでその結果ひどい彎曲が生じることになるようだ。これはしばしばO脚となって現われる。図94の下には、家庭用ペットとして飼われていた猿の骨格が極端に軟化した例が挙がっている。飼い主の婦人と同じ食事をしているうちにこの猿は甘いものがとても好きになり、精白パンや加糖されたジャムばかり食べていた。図を見ると、猿の骨格はひじょうに軟化が進んだため、筋肉の引っ張る力がありとあらゆる形に骨を彎曲させてしまった。当然のことながら、胴体と足の骨はひどい彎曲を示している。実はこの猿の飼い主は私の患者だったので、このような事態を前にして彼女は私に猿の足の奇形と胴体の彎曲に関して相談をしてきたのだった。私はそれに対して食事の改善をすること、そして、高ビタミンのバター油と高ビタミンの肝油を混合した脂溶性ビタミンを与えるように指示した。こうすれば図にも現われているように、ミネラルが背骨や関節の周り、それに骨の表層に蓄積されるからである。しかし、いうまでもなくこの治療では奇形を以前の状態に戻すことはできず、そのためにはクロロホルムで麻酔をかけて矯正する必要があった。
私たちが選び利用する食料は、十分な量の脂溶性賦活剤(脂溶性ビタミンも含む)が含まれていることが必要だということは、近時の身体的衰退を予防するためにひじょうに重要なことなので、その必要性を理解してもらうためにここでもう一つ実例を挙げておこう。
ある母親から私は、息子のために食餌計画を立てたいと思うのだが、相談にのってほしいと頼まれた。話によるとその子は5歳で、この2年半ほどリューマチ熱、関節炎、急性心不全のためずっと入院しているとのことだった。合併症があまりにもきついので、治る見込みがないと医者に言われていた。リューマチ熱と心内膜炎の患者にはよく見られるのだが、この男の子もひどい虫歯にかかっていた。ついでに述べておくと、アメリカ心臓学会は心臓病の75%が10歳までにかかると報告している。私の調査では心臓病を患っている人の95%に虫歯の活発な進行が見られた。私が試みた少年の食餌計画は次のような重要な変更を強いるものだった。つまり、精白粉を使った食品の代わりに、砕いた、あるいはひきたての大麦ないしからす麦を使い、そして、生乳に青麦畑で飼育された牛の乳からつくった高ビタミン・バターを少量加えたものを併せて摂らせるようにしたのである。さらに、高ビタミンの天然肝油も与えた。治療の初期段階では、この子は関節炎のため膝や手首が膨れ、背骨が硬直して手足を動かすことができないため、寝たきりで、絶えず泣いていた。治療といっても食事の改善を行なっただけなのに、見る見るうちに激痛もおさまり、食欲も旺盛になり、心地よく眠りに就き、体重も増えてきたのである。図94の左上は治療を始めて1ヶ月後にベッドの端に座っている写真である。膝の関節はまだかなり膨れあがっており、背骨が硬直しているので頭を左右に動かすことはできない。図94上段の真ん中の写真は6ヶ月後の写真で、最後は1年後のものである。この話は6年前のことであった。本書の執筆中、その子の母親から手紙が届いた。便りによると、その子は背丈も体重も標準より大きく、食欲も旺盛でよく寝るようになったとのことである。
リューマチ熱や炎症性リューマチ(21章で論じられる)の原因には、最新の考え方によると3つの基本的要因があるようだ。ひとつは脂溶性ビタミンがひじょうに重要な働きを果たしている感染に対する抵抗力が一般に低くなっている点、第二に、壊血病の症状なのだが、ビタミンCの欠乏によって関節組織に微量の出血がみられる点、それに、連鎖状球菌のような感染性の細菌源があること、以上の3点である。前述の少年の場合、虫歯の感染によってリューマチの諸要因がもたらされたと思われる。近代になってみられる身体的退化のこうした典型的な現象形態は、今回調査した未開種族では、ミネラルとビタミンの摂取量が十分に足りているためにほとんど見られなかった。少年の身体を適正な状態に回復させるためには、今日、我々現代人が摂っている食事内容そのものを変えねばならなかったという点は、大いに強調する必要がある。この場合、砂糖だとか甘い菓子だとか、精白粉を使った食品だとかは、できる限り摂らないようにした。ひきたての粉末状の穀物が、パンや粥に使われたのである。シチューには骨髄まで入っている。レバーやふんだんにある生乳、青野菜、果物がメニューにあがっていた。さらに、勢いよく生育する緑草のもとで飼われた牛の乳からつくられた、あのビタミン豊富なバターもあった。これを生み出す最良の源が、小麦やライ麦の牧草地である。小麦やライ麦が一番であるけれども、十分に成長した状態にある緑草なら、すべてよいのである。まぐさは、ビタミンAの源になる葉緑素を貯えておくように注意深く乾燥させないと、牛がいくらそれを食べても脂溶性ビタミンを合成することはできない。
前述の2人の少年の実例によって明らかなことは、身体づくりには、適当な量のミネラルが必要であるばかりでなく、脂溶性ビタミンも適量なくてはならないということである。水溶性ビタミンも必須であることはいうまでもない。私は、調査した様々の未開種族の食物から、ミネラル分とカロリー量の明確な数値を出してみたが、資料があまりにも厖大であるため、ここでそれに触れるのは適当ではないように思われる。むしろ、いくつかの未開種族における身体の形成と回復にあずかる物質の比率を、近代文明によってもたらされた新しい食品と比較しながら論じる方がわかりやすいだろう。近代社会においては個人が食べる食物の量は、明らかに熱エネルギーの必要性にのみ関係づけられている空腹という要因によって、まず第一に規定される。採用されている食事はすべて、いろいろな地域で、いろいろな生活様式に従って生活している人々が必要とする身体の熱エネルギー量を基準にして量が決められていた。これも多くの地域で食べられている主要食品群を中心に考えられているのである。専門的な報告書には、その数字が詳しく紹介されているだろう。さて未開食と近代食を比較する場合、2つの単純な方法が考えられる。一つは健康体が必要とする量を基準とする場合であり、もう一つは、自然食品と近代食品とのミネラルやビタミンの含有量を比較する場合である。本当はこれ以上必要であっても、今のミネラルの摂取量を半分に減らし得るという基準を採用するなら、私たちは、この標準的人間よりもっと栄養豊かな人間ということになる。しかし、このことは同時にアメリカ労働省の労働統計局告示R409に記されている最低必要量、カルシウム0.68g、燐1.32g、鉄分0.015gという基準値を2倍にする必要がある、といっていることに他ならない。したがって今後使用されるだろうこの数字も、それぞれ1.36g、2.64g、0.030gというように2倍の量がなければならない。
新陳代謝に関する実験データがない限り、化学薬品なるものを必要としている大勢の人々が、どれほどわずかしか食物中のミネラルを摂取していないかを予測することはできない。子どもは、ホウレン草からカルシウムを吸収できないことがわかっている。身体に過度の負担がかかるとき、つまり(子どもの)急速な成長期、妊娠期、授乳期、それに病気の時などに身体を健康に維持するためには、十分すぎるほどの栄養を摂ることしかないとしたら、普通の大人が必要とする量の2倍ほどの量がなくてはならない。だから、もしこのような不安定な時期を無事に乗り越えていこうとするのなら、普通の大人の最低必要量のおよそ4倍もの十分な栄養が必要になるというわけである。
虫歯に対する高い免疫性をもち、その他の身体の退化過程とも無縁な未開集団の食事には、すべてこれら最低必要量の少なくとも4倍以上の栄養が含まれていた。そして反対に、ほとんどが商業用の、精白小麦粉製品、砂糖、精白米、ジャム、缶詰、植物性油などの食品群にとって代った所では、どこもこの最低量にも達していなかった。このことを思うと興味が尽きない。つまり、土着のエスキモーの食事には、白人の例の食事の5.4倍ものカルシウムが含まれていた。燐は5倍、鉄分は1.5倍、マグネシウム7.9倍、銅は1.8倍、ヨード分49.0倍、脂溶性ビタミンは少なくみても10倍といったぐあいだ。カナダの北方インディアンになると、カルシウム5.8、燐5.8、鉄分2.7、マグネシウム4.3、銅1.5、ヨード分8.8、脂溶性賦活剤では、少なくとも10倍であった。以下簡略化して、カルシウム、燐、マグネシウム、鉄、脂溶性賦活剤の順に数字を挙げることにする。スイスの土着民の食事を近代的食事と比較してみると、カルシウム3.7倍、燐2.2倍、マグネシウム2.5倍、鉄3.1倍、脂溶性賦活剤10倍以上という数値が得られた。外ヘブリジーズ島のゲール人の場合は、それぞれ2.1、2.3、1.3、1.0、10倍以上である。オーストラリア原住民は海産物を求めて東海岸に住みつくようになったのだが、彼らの自然食に含まれているミネラルを、近代的食物と比べてみると、やはり4.6、6.2、17、50.6、10倍以上の順であった。ニュージーランドのマオリ族では6.2、6.9、23.4、58.3、10以上の倍率であった。メラネシア人でも同様であり、5.7、6.4、26.4、22.4、10倍以上となっている。ポリネシア人の土着の食事と輸入食品とを比較すると、5.6、7.2、28.5、18.6、10以上。海岸付近に住むペルーのインディアンでは6.6、5.5、13.6、5.1、10以上。アンデス高地のペルー・インディアンは5、5.5、13.3、29.3、10以上。アフリカ内地の狩猟生活を送る種族の場合は7.5、8.2、19.1、16.6、10。中央アフリカの農耕種族では、3.5、4.1、5.4、16.6、10。そして以上の未開種族の食事には、文明の恩恵にあずかる食事の数倍の水溶性ビタミンが含まれていたのである。
図95 ねずみにみられる小麦の種類の相違による影響。左---全粒小麦、中---精白した小麦、右---もみ付きのままあらびきにした小麦の餌。グラフは、餌に含まれているミネラル分を、100分の1mgの単位で表わしたものである。全粒小麦を食用したねずみだけが、虫歯にもならず正常な発育をみせた。精白小麦粉のねずみは、虫歯になり、体重も少なく、皮膚病にかかり、しかも神経過敏であった。子を産むこともなかった。第三のグループは、身体が小さいのが特徴。毎日の餌の量は3グループとも同じにした。
前章までに示したデータや、上にあげた未開と近代の食生活に関する比較データからすれば、食用の穀類には、大自然が与え賜うて、それらに宿っているところの、あらゆるミネラル、あらゆるビタミンが含まれていなければならないことは明らかである。実際的な方法でこのことを明確にするために、重要なデータを示しておこう。図95には、パンの種類だけを変えて、あとは同じような条件で餌を与えられた3匹のはつかねずみが写っている。最初の(左側の)ねずみには、全粒小麦を生のまま粉末にしたものを、真ん中のねずみには精白した小麦の餌、そして、最後の(右側の)ものには、もみ付きのままあらびきにした小麦の餌を与える。ねずみの下の棒グラフの長さは、それぞれの餌に含まれている灰分、酸化カルシウム、五酸化二燐それに鉄、銅分の量を表わしている。これらのねずみの生育状態に著しい相違のあることは臨床的に明らかである。飼育箱のなかには生後同じ期間を経たねずみを数匹ずつ入れておいた。餌は生後23日経った離乳を終えた時期から与え始めた。左側のねずみには、精白していないものを与えたのだが、発育は完全な状態だった。この箱のねずみは生後3ケ月経って、正常に子どもを産んだ。このグループは、性格も温和で噛みつくこともなかったので、耳や尻を手で掴むことができた。これに対して、精白小麦粉を使用した真ん中の箱のねずみのグループは、際立ってその身体が小さいという特徴を示した。体毛には、大きな斑点が現われ、気質もひじょうに荒く、観察に近付くと檻のすきまから私たちに向って跳びかからんばかりだった。虫歯もでき、子を産むこともしなかった。最後の箱のねずみ(いちばん右のねずみ)は、もみ付きのままあらびきにした小麦の餌だったが、虫歯こそ見られはしなかったものの、身体はかなり小さく、活動力に欠けていた。二番目の小麦粉と三番目の小麦のあらびきはともに製粉屋で購入しており、したがって新鮮なものを粉にしたわけではなかった。最初のグループに用いた全粒小麦は、新しいものを手臼でひいて粉末にしている。最後のグループの餌には、灰分、カルシウム、燐、鉄、銅がひじょうに多く含まれているにもかかわらず、最初のグループと同じようには、ねずみが正常に発育しなかったという点、興味がそそられる。こうなったおもな原因は、新鮮な小麦をひいたのではないため、結果的には、小麦の胚芽にあるビタミンが酸化作用によって壊れてしまい、それを摂取できなかったからである。胚芽や肝油の酸化によってビタミンBやビタミンEが失われ、それらが欠乏したことが、たぶんおもな原因となっていると思われるが、第三のグループのねずみが子を産まなかったということが、上のことをさらに裏付けている。
人間は、野菜とか太陽からビタミンD群の賦活剤を十分獲得できるといわれているが、これは誤解である。紫外線にエルゴステロールを晒すことによってできるビオステロールや各種の類似物が、ビタミンD群に属するあらゆる栄養素を提供してくれると考えることから、この誤解は生まれている。明確に独立している8個の要素と、独立性がゆるやかだとされている12個の要素が、ビタミンDには少なくとも存在していると考えられる点を、私は強調してきた。
コフィン氏は、日常の食事に登場してくる食品に、いかにビタミンDが欠乏しているかに関して、次のような報告をしている(5)。
1. 通常の食品におけるビタミンDの代表的な成分表を公認の方法を用いて検証した。ここで注意したいのは、人間の体内で適当量をすぐには合成できないビタミンDを、動物性組織とか、動物性食品によって供給しなければならない点である。今までのところ、完全な菜食のみによって、優秀な身体をつくり上げ、それを維持してきた未開種族の集団はただひとつとして知られていない。なるほど菜食主義を唱導する近代的な道徳体系といったもののひじょうに熱心な例を、私は世界のあちこちで見てきた。こうした地域の中の集団が、その教えに長年従ってきたというような場合には、必ずといっていいほど虫歯という退化現象が明確に姿を現わしていたし、こうした考えにとらわれない未開種族に比べて歯列弓の異常もうんと症状が進み、しかも、子どもの世代にまで及んでいたのだった。
2. 卵黄、バター、クリーム、肝臓、魚にもほとんど期待できないのと同様、一般の食品からも言うに値するほどのビタミンDは得られないことは、明白である。
3. 野菜には、ビタミンDは含まれていない。
未開社会の特殊な知恵ともいうべきものを紹介しながら、健康を保つ食物によって栄養状態を強化するといった事柄について、いろいろと説明をしてみよう。
一般に、その種族の秘密を打ち明けるのを彼らがどんなに嫌がるか、本当に知っている者はほとんどいないだろう。これは、今日でいえば戦略に関する機密保持の必要性と比較されるようなものである。
カナダ北西部のユーコン地方に住むインディアンたちがずっと以前から壊血病の治療法を知っていたのであるが、この病気にどう対処するかという知恵を生み出すのに、歴史というものは重要な貢献をするものなのだ。バンクーバーに住むW.N.ケンプ氏(6)が言っていることは興味深い。
昔の記録によれば、カナダにおいて壊血病の処方に成功したのは、1535年だという。J・カーティアという医者が、友人のインディアンの勧めに従って、壊血病に臥せっている患者たちに、えぞ松の水気の多い新しい「若枝」を煎じたものを飲ませたところ、たいへんな効き目があったというのである。ヨーロッパでは、こうしたすばらしい効果を誰も認めなかったため、この壊血病は風土病として、いつまでも残ったのである。その時以来、数えられないほど多くの水夫や、陸上生活をする白人が、この恐ろしい病気のために死んでいった。
私たちが北カナダに到着する少し前に、一人の探鉱者が、やはり壊血病で死んだ。死体のかたわらには、白人が好んで携帯する缶詰があった。男でもいい、女でもいい、また少年でも少女でもいい、一人のインディアンさえいたら、動物の内臓や木の芽を食べて生命を救う方法を彼に教えていただろうに。
極北地方の未開インディアンたちのもっている知恵についてもう一つの例がある。それは、秋の氷結期の直前に私たちが救助し連れ出した2人の探鉱者から聞いた話だ。彼らは、高価な金属やラジウムを探しに、当時、地図にも載っていない未踏の地域に足を踏み入れた。一人は技術者、もう一人は科学者で、ともに博士号をもつ者たちだったが、ある国営の大鉱山会社から、万全の支度をして、かの地へ派遣されたのだった。容易に足を踏み込むことのできない土地だったので、彼らは手っ取り早く目的地に着く方法をとった。アラスカから2つの山脈を飛行機で越えたのだ。ところが、ロッキー山脈まで来た時、高度が高すぎて、その飛行機では、山越えが不可能であることに気がついて、結局、海岸側の小さな湖に降り立つことになった。飛行機の方は、そこから引き返したのだが、燃料もないため海岸までは飛び続けることはできなかった。そこで、その操縦士は、機を川に残したまま、文明社会まで足どりも重く歩を進めねばならなかった。一方2人の探鉱者は、ロッキー山脈に装備と食料を運びながら、彼らがまさに探索すべき奥地へと進んだのである。およそ100マイルもの高原地帯を横切り、9000フィートの高さまでせり上がる高地を登っているうちに、ずいぶん奥にまで入ったことに気がついた。2年の滞在を見越した装備と食料を持っていたのだが、この高原を食料と器具を持って横切るだけで今回は終ってしまうのではないかと思ったので、彼らはあらゆるものを捨てた。あまり当てにはならない見込みに期待をかけて食物や避難場所を確保するためにここに留まるよりは、探険しているうちに目的の場所に行き着くかもしれないという希望をもってリアード川への強行軍を敢行したのである。このうちの一人は、つぎのような悲劇を私に語ってくれた。高原地帯を歩いているうちに、気が狂うのではないかと思うほどの激痛を覚え、目がほとんど見えなくなってしまった。それは雪のためではなかった。2人とも、それ用の眼鏡をかけていたからだ。実はそれはビタミンAの欠乏からくる眼球乾燥症によるものだった。そんなある日、灰色熊に出くわした。母熊と2匹の子熊だった。しかし幸いなるかな、それらは襲ってこず、他へ行ってしまった。石の上に腰かけ、もう二度と家族には会えないにちがいないと絶望しては涙を流すのだった。ガンガンする頭を抱えて、その場に坐り込んでいると、人声がしたのでそちらの方を見上げた。するとそこには、一人の老インディアンが立っていた。さきほどの灰色熊の後をずっとつけていたらしい。老インディアンは、この探鉱者が陥っている苦境を察知し、相手の言葉は理解できなかったけれども、彼の眼を調べると、手をとって山から流れている小川へ連れて行った。坐って待っている間、そのインディアンは、小川に石で罠をしかけた。それが終わると川上の方へ行き、膝までつかって水を跳ね返しながら戻って来て、罠に鱒を追い込むのだった。魚を土手に投げあげると、彼に生の魚の頭の部分と眼球の裏の皮肉を食べるように、身振りで示した。するとどうだろう、2時間も経たないうちにあの痛みはほとんど消えてしまったのだ。1日で彼の視力は回復し、2日経つとほどんど元通りになったという。あのインディアンこそは命の恩人だ。彼は、深い感動と感謝の念をもって私にそう語ってくれたのだった。
今日の科学では、眼球の網膜部分を含んだ眼の裏の薄皮が、動物の身体のなかで一番ビタミンAが豊富にある部分の一つであることがわかっている。
第18章で私は、ビタミンA組織の研究に関するウァルド氏の業績について言及した。眼球組織(網膜・色素・上皮組織・脈絡膜)のエキスは、ビタミンAの吸収帯としての性質をもっており、それが、ビタミンA欠乏症のねずみを治すのに効力があると述べている。またビタミンAの濃度は、どの哺乳動物でも一定であるとも報告している。
私は、世界各地の未開種族が、眼球が貴重な副食物となるという事実を十二分に活用していることを知り、ひどく感動した。フィジー諸島のかつての食人種さえそうだったし、この島の世襲王は、副食物としての眼球の扱い方に関して細々とした事柄を私に話してくれた。彼も、彼の父も祖父も、捕らえた捕虜たちの眼球に対する保有権をもっていたという。また、オーストラリアの北方諸島の未開人のなかで生活していた時には、私自身、魚の眼の部分の入ったスープを賞味することを覚えた。それにはきれいに洗ってから魚の頭を砕き、眼球の部分を取り出して用いられていた。
本書全体が、様々な未開種族の食生活に関する知恵について論じているわけだが、このような多くの知恵も、最初に彼らと接した白人によって低い評価しか与えられず、その結果次第に消滅していったことは、まことに残念でならない。
引用文献
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