食生活と身体の退化
〜未開人の食事と近代食・その影響の比較研究〜

W. A. プライス著、片山恒夫訳

第19章 肉体、精神と道徳の退廃(後半)


私たちは出産前後に脳下垂体の機能に異常が起こることによって、骨格の成長にも変化がもたらされるのかどうかをこれまで考えてきた。また軟組織、とりわけ脳の変化にも関心があった。以前に私は、大部分の精神的発達の遅れた子どもは、顔が正常に発達していないことを示すデータを提示しておいた。また、手近な資料からも、顔にひどい障害が見られる人は精神的および道徳的に欠陥があると考えられる。脳の発達におけるこうした身体的障害が起こる過程と、精神状態や性格特性をも含めた知能の発達との間には、何か関連があるのだろうか。今やこの点を考える必要がある。

この問題についてコーネル大学の解剖学教授、ジェームス・パペス氏(4)は次のように述べている。

果たして情緒は魔法の産物であるのか、あるいは解剖学的メカニズムがもたらす一つの生理学的な過程なのであろうか……提示された資料によると……脳という厖大なモザイク建築のなかの一つの単位のようなメカニズムをもったものであると思われる。
モウコ症と呼ばれる精神と身体の典型的パターンをもった人たちの脳の解剖学的欠陥に関する実験データが発表されている。モウコ症の場合、脳の回転帯が欠如しており、したがって身体的あるいは精神的に正常な機能が果たせないことが判明したのである。

近代文明はモウコ症患者という障害者を大量に生み出した。モウコ症患者はひじょうにはっきりした身体的および精神的特徴をもっている。身体的特徴としては、顔の中ほど3分の1が未発達で、一般に視点の定かでない眼つきをしている。顔の未発達は鼻孔と上顎の歯列弓の幅を狭くしている。

モウコ症患者の際立った特徴の一つは、精神年齢が3歳から8歳までであるということである。幼児以上に性格と知能を発達させることが困難なため、モウコ症患者の大半は精神薄弱者が収容される州の施設に入れられる。近代社会では、モウコ症患者の顔つきに多少似かよった人をかなり見かけるので、患者たちの身体的、道徳的、精神的特性を知る上で有効な資料と、その病気の起源に関する利用可能な情報を考えに入れて、近代社会のそうした集団についての研究を行なうことが大切である。

モウコ症患者に関する調査によると、ほとんどが40歳以上の母親から生まれているが、これは明らかに、母体の生殖能力の著しく低下した時に生まれたことを示している。母親の年齢が重要なことはいろいろ言われたり書かれたりしているけれど、父親の方の責任を示唆するデータもいくらかではあるが存在する。

『精神障害』という本のなかでトレッドゴールド氏が編集している、コローシ氏の研究では、無作為抽出によって選ばれた2万4000人を対象に調査した結果、20歳以下あるいは40歳以上の父親から生まれた子どもたちは、両者の中間の年齢層の父親の子どもたちよりも身体が弱いという結論に達した。また40歳以上の母親から生まれた子どもはそれ以下の母親から生まれた子どもより、同様に身体が弱かったのである。トレッドゴールド氏は生理作用や精神的障害の様相と、脳に生じた障害とを関連づけたデータを提示している。彼はこのデータと一致したデータを発表している他の研究者のものも参照している。こうした資料の多くは、脳の神経構造が生前に十分発達していなかったことがいかに重大な問題であるかを教えてくれる。

私たちは脳腫瘍の原因とその特質に関心をもっている。ペンローズ氏(5)はモウコ症患者において出産の順番と母親の年齢が病因的にみてかなり重要だということを、224人の障害児の診断から得たデータによって示している。この子どもたちの兄弟、姉妹、それに本人を合わせるとサンプル数は1013人を数えていた。したがって全家族では子どもの20%が障害児なのである。1家庭の平均子ども数は5.5人であった。ペンローズ氏は次のように述べる。
モウコ症障害児はしばしば家族の末子として生まれる。何年も前にシャトルワース氏が指摘したこの事実は、モウコ症が、子どもを生み過ぎることによって体力が消耗し切ってしまう結果だというふうに医師たちに考えさせることになった。モウコ症障害児は必ずしも末っ子ばかりではないのだが、この説はかなり広く受け入れられている。第一子にこの種の障害が見られたという報告も数例ある。しかしながら、モウコ症障害児は生まれた順番からいえば、普通の子どもよりもかなり遅い時の子であることは確かである。
G・オルダール氏(6)は91人を診断した結果、56ないし60%の障害児が末子であったと報告している。被調査家庭には平均5人の子どもがいた。オルダール氏は「モウコ症の原因についてもっとも進んだ解釈は、子宮機能の低下ということである」と述べている。マッジ・T・マクリーン氏(7)は「それ(モウコ症)は生殖能力の低下あるいは母親の老齢化が原因しているため、晩年の子どもにひじょうに多く見られると、普通考えられている」と言う。

ここで私たちが関心をもつのは、脳の基底部にある脳下垂体の機能と、モウコ症患者に見られる顔や精神の障害との関連を明らかにしてくれるような実例である。

あるひじょうに際立った例として、典型的なモウコ症患者である16歳の少年の例がある。彼にはずいぶん年が離れた姉が2人いた。母親の晩年に生まれた子であったが、当時母親は病弱でもあった。

ところが、3人の子どもたち以外に死亡した子どもが何人いたのかはわからなかった。父親は健在で元気であるが、鉄道事故で負傷している。この16歳の少年は、性格的にも精神的にも多くの点で幼稚であった。生殖器は8歳の子ども並みであった。顔の表情は典型的なモウコ症患者特有のものだった。ビネーテストによると知能指数は4歳程度である。手のレントゲン写真をみると骨端が骨の本体と付着していない。この少年は床に座って幼い子どものように積木とガラガラで遊んでいた。彼の興味は子ども遊びのなかにあったのである(図125)。

この少年の身体的特徴は、上顎歯列弓が下顎歯列弓よりもずっと小さいので、上の方が下のそれにはまり込んでしまっている。上下の歯が正常に噛み合うようにしてやるために、またそのことによって彼を身体的、精神的に向上させることができるのではないかという期待から、私は上顎骨を切断して0.5インチほど間隔をあけて歯列弓の幅を広げることにした。このような手術は数人の患者に実施され良い結果をもたらしていたのである。図126には上顎骨を広げる前の歯の位置が示されている。図のレントゲン写真は真ん中の縫合線が圧力の増加によって広がっている様子を示している。この症例で重要なのは、左の鼻孔がまったく閉鎖されており、たぶん一生涯そうであったと思われる点である。鼻科専門医は空気や水が鼻孔を通るようにするため、アドレナリンとコカインを使って鼻の組織を縮める試みを30分続けたが、とうとう成功しなかった。右の鼻孔から吸引できる空気量は微々たるものだったので、たえず口で息をしていた。夜中になると、コートのようなものを丸く巻いてそれを口がうまく開いたままになるように首の後ろに置いておかなければならなかった。そうしないと、口がふさがり苦しくなって目が醒めてしまうからだ。


図125 脳の基底部にある脳下垂体に刺激を与えるために上顎骨を移動させることによって、このモウコ症患者に上の写真に見られるような変化が起った。左の2枚は手術前の正面と横顔、中央は手術後30日の正面と横顔で、右は6ケ月後のものである。16歳のこの患者は、手術前は幼児のようであったが、手術後は青年になった。知能が回復するにつれ、手術前はおとなしかった彼も、手術後は性的変質者になり施設に入らねばならなかった。

図126の連続写真は、上顎骨が横に広がっていく過程を示したものであるが、それにつれて身体的発達や精神状態にひじょうに大きな変化が生じた。4ヶ月間で3インチも背が伸びたのである。また、口ひげがすぐに伸び始め、生殖器も子どもから成人のものに発達し、慎み深い性質も兼ね備えていった。


図126 このX線写真は上顎骨を移動する手術が行なわれる前の歯の位置を示したものと、日付によって示されているように順次、上顎歯列弓が広がっていく過程を写したものである。12週間で少年は青年時代を経験した。切り離された上顎骨の隙間には、すぐに新しい骨ができてきた。この隙間は別の2本の歯をつけた固定架橋義歯によって埋められた。母親がこの少年を生んだのは50歳近くになってからであった。

精神的変化はそれよりももっと著しかった。上顎骨の幅は30日間で0.5インチ伝がった。上顎骨には横向きに圧力がかかるので、上の歯列弓の両側にある歯には連続固定装置が取り付けられた。側頭骨にかかる圧力によって、(口と鼻の両側の口蓋を形造る)脳前頭部の基底部に向って下への重圧がかかり、その結果、脳の基底部にある脳下垂体が刺激されるのである。数週間のうちに、普通数ヶ年を要する成長段階を通り過ぎてしまった。最初はドアの後ろに隠れて私たちを驚かしたりしていたが、後になると、私たちが座った時に飛び上がるのを見るため、ピンを椅子の上に置いたりした。そして最後には、とうとう、街角で交通整理をしている警官が後ろを向いた時に建物の上から彼に水をかけていたのが見つかって、警官が診療所まで駆け上ってくるといったやんちゃぶりを発揮するほどになったのである。少年は電話をかけるのが好きになったり、母親をドライブに連れて行きたいので私の自動車を貸してくれと言ったり、また秘書の一人の肩を撫でながらダンスに行かないかと誘ったりした。以上の変化はどれもこれもすべて12週間の間に起ったのである。

こういった経過を辿る過程で、ひじょうに注目すべき出来事が起った。彼の家族は別の街に住んでいた。そこで、私が少年を診察している期間、診療所の近くの下宿に住まわせ、よく、あるいはほとんど常に彼に目が行き届くようにしていた。彼が自分の町に戻った時には、知能が驚くほど高くなっていたので、母親は彼にその日の買物リストとお金を預けて雑貨店へ使いにやることができた。そして正確なおつりをもらって帰ってきて、おつりが合っているか判断することもできた。彼は90マイルも離れた私のところへ、汽車を2度乗り換え、市電も何回か乗り継いで確実にそして無事にやって来ることもできたのである。

少年は上顎骨をしかるべき位置に固定しておくために一つの器具をはめていた。ところがこの器具がずれて、上顎骨もいっしょにそのまま固定されてしまったのである。するととたんに1日か2日後には、彼は以前の障害に付随していた無気力状態に戻ってしまった。すなわち、しばしば吐き気で苦しみ、時にはこれが24時間も続くのであった。前の器具の幅を再調整し、固定部分を改造して再び使用させたところ、この少年の症状はたちまち良くなったのである。

しかし、新しい問題が起った。私たちはこの少年を、子どもの心ではなく、大人としての衝動をもった潜在的成人に変えてしまった。身体的条件がこのように変化するにつれ、彼は町の人々から性的変質者という厄介者として見られるようになった。彼の母は死に、そして姉は嫁に行った。そこで州が設立した障害者のための施設に彼を収容しなければならなくなった。私は彼が施設にいる問診察をしたが、彼は、子どもの物語や新聞の見出しを読むことを覚え、そのことに熱中していた。図125には、彼の容姿に起った変化を、上段では正面、下段では横から写している。最初の左側の写真は手術前のもので、二番目は手術後30日、そして最後のは6ヶ月後のものである。上の歯列弓が広げられてできた0.5インチほどの隙間には、充填物の上に2本の義歯をつけてはめ込まれたが、これは同時に、上顎骨を新しい位置に固定する役割をもっていた。手術後6ヶ月には、口ひげとほおひげが生えた。図126には、上顎骨の位置が中ほどに見える縫合線の開き具合に応じて、漸次変化していっている様子が、補正器具とともに示されている。最後の写真は、隙間を埋めるための陶歯を用いた義歯である。

マサチューセッツ州のレンサムにある州立レンサム学校の医療主任、クレメンス・E・ベンダ博士(8)はボストンのハーバード医学校と提携して、モウコ症の原因究明を考える上できわめて貴重な研究を発表している。ベンダ博士と彼の研究グループは、2つの異なった視点からモウコ症の問題に接近した。第一は偶発的かそうでないかを決定しようとする見方、第二はもっと本質的な変化に関係づけることができる一連の症状として考えられるかどうか、という視点である。解剖学的研究も含むこの研究は、125人のモウコ症患者の診察結果にもとづいてなされたものである。ベンダ氏はこう述べている。
私たちの研究を要約すると、モウコ症患者の脳下垂体には独特な、しかもはっきりした病理症状が見られる。14の症例をもとにして考えると、モウコ症では脳下垂体の明確な未発達が観察されるという事実を強調してもよいように思われる。つまりモウコ症は、脳下垂体機能不全の一つの特殊なタイプであって、その場合好塩基性細胞の欠乏ないし不足が不可決の条件となる。
こういった顔や脳の重い傷害は、母親の年齢と関連する生殖能力の低下と直接関係していることは明らかである。というのは、大多数のモウコ症患者は40歳以上の母親から生まれており、そしてその母親には栄養が、とりわけビタミンE---脳下垂体の栄養補給源としてひじょうに重要な役割を演じるビタミンE---が、欠乏していたことがわかっているからである。

モウコ症患者の発育に関連して、アメリカにおける出生分析研究のなかから、重要な新データが提示されている。ブライヤー氏(9)が報告しているのは2822例についてである。それによれば、1934年にはアメリカ合衆国の出生総数109万5939人のうち、1822人がモウコ症患者である。この新生児たちの母親の平均年齢は41歳であった。彼の示したデータによると、40-44歳の母親でみた場合1人のモウコ症患者の子どもが育つ可能性は通常期待されるそれの75倍、45-49歳では実に125倍の確率を有している。1942人のモウコ症患者からなるある集団では1100人、つまり57%に当たる者が末っ子だった。これらのデータは他の数人の研究者のデータとも一致しており、生殖能力の涸渇の問題を強く浮かび上がらせている。

一卵性双生児の出生には、それにまつわる興味深い問題がいろいろあるけれど、それらは心身両面における特徴の原因に関する手がかりを与えてくれる。胎児期の不十分な栄養摂取に伴って起こりうる奇形が、双児の両方に現われるという点は、上の諸研究との関連からみてもひじょうに重要な問題である。このことに関して重要な手がかりを付け加えてくれたのが、同じ両親から生まれた6組の双児の兄弟たちがいる家族の事例である。これを報告したのはニューヘブン市のウィリアム・W・グローリッチ博士である(10)。ここで重要なのは12人の兄弟のうち9人(一番年長の双児のうち1人は死亡、末子の双児は母親にまだ抱かれている赤ん坊である)は鼻孔が著しく狭く、顔の中程3分の1の部分が未発達で顔幅も狭いし、口で呼吸をする癖をもっているという点である。そのうえ、十分成育して顔の発達も一人前になっている年下の双児になるにつれて、この状態がだんだんひどくなっている。したがってここには、生殖能力の低下が次第に進んでいるという証拠があるし、子どもたちがまったく同じ母親から生まれた兄弟であるにせよ、双児がともに同じように影響を受けているという事実は重要な意味をもっている。明らかにこうした障害には欠陥をもった生殖質が関係しているように思われる。一卵生双生児にそっくりに現われる要因のなかには遺伝的特質と、正常な遺伝過程の妨害をもたらす環境上の障害によって形成される特徴の2つが含まれるだろう。一卵性でない双児の場合には、たぶん遺伝的原因よりむしろ後天的な原因によって双児に類似の奇形が生じるという点が重要である。図127に1組の双児が写っているが、2人にはよく似た上顎の側切歯の内側転位と叢生のため歯列弓の外側に突き出した犬歯と歯列弓の発育障害が見られることに注意してほしい。


図127 上の少年は双児だが一卵性ではない。しかし、2人は明らかに同じ原因によるものと思われる同種の歯列弓奇形をもっている点を注目してほしい。

頭部の肉体的な発育障害と精神との関係を扱う情報をもたらしてくれるたいへん重要な情報源となるのは、知恵遅れと分類されている10代の連中についての研究である。学習能力に著しい欠陥のある少年少女たちのために場所を確保したという特別な意味合いをもつ地区にあるクリーブランド学校での調査では、これらの基準によって判断するとひじょうに多くの割合で顔にひどい奇形をもっている者がいることがわかった。図128の写真は彼らのうちの典型例で、左下の人物は白人である。こうした奇形障害はすべて発育期に起ったことは明らかである。彼らの臨床記録によれば、この発育障害が脳にまで影響したことははっきりしている。

肉体的精神的に現われる一群の障害の形成にかかわる問題のなかで、ある問題は青年期に見られる身体の過敏さに関連づけて考えられている。退化問題を研究する者は多くいるが、この重大な問題については強調するところが人によってまちまちであった。バート氏(11)は「それにはいくつかの伝染性の病気が原因しているのではないかと思えるほどである。こうした病気に体質的にかかりやすい者として思春期に突然顕在化するか、あるいは思春期という時期がそうした病気にかかりやすい状態にさせている」と解釈した。青年時代は一番虫歯にかかりやすい時期でもある。血液や唾液の化学的な研究から導き出されたデータから、虫歯にかかりやすいこの時期には、ミネラルやビタミンの供給量が大自然の法則が人間に求める量に達しないで、生理システムが生命過程を維持するために自らの骨に含まれるミネラルを借用するといったことが起こることが明らかにされている。リヒテンシュタイン氏とブラウン氏(12)の両氏は、知能指数のような教育指数が伸び盛りの思春期には年齢とともに下がるということを示すデータを報告している。それによれば対象になった集団の9歳のときの教育指数は100、11歳で89、12歳で83、13歳は74となっている。顔と歯列弓の形状の変化について私は本書で詳しく述べてきたのだが、この両者の変化というものも、個人の誤った食事の結果としてではなく、形成期の初期における身体構造の計画設計の歪みの結果としてこの思春期に現われるのである。顔や歯列弓の奇形は明らかに少なくとも一方の親の生殖質の質に直接関連しており、その生殖質の良否は妊娠以前の母親に栄養障害があるかどうか、あるいは形成期初期に母親の栄養摂取が十分かどうかによって決まる。裁判記録によれば一般に非行の最初の兆候がこの思春期に姿を現わすことがわかっている。頻度のもっとも高い年齢は13歳であった。

アメリカで起っている退化の進行の度合を物語るものとして、一般の犯罪が増えているのと同様に12歳から20歳までの青年の非行や犯罪件数が増加しているという事実がある。調査局長エドガー・フーバー氏は1936年と37年の数字が比較できるようになった資料を最近発表した。それによるとその1年の間に合衆国の犯罪件数は133万3526から141万5816、つまり6%の増加を示している。環境改善のための社会組織が急速に発展したはずなのに、犯罪は増加しているのである。


図128 上の4人の少年は、知恵遅れの子どものために設置された学校にいる数百人の生徒たちのなかの典型的な少年である。実際に、4人とも、顔と歯列弓の発育が不十分であるという徴候を示している。人によって症状はまちまちだが、黒人も白人も同じような奇形障害をもっている。これは正常な遺伝が妨害されたために起こる。

非行に走る前の段階から犯罪を犯す段階へと進んでいく、反社会的集団に対する予防策は、これまでのところ、青年の社会的環境の改善という点にほぼ完全に限定されてきた。犯罪とは無縁の安全な者は恵まれた環境のもとにあって、重い犯罪を犯すような傾向を発展させる気配がほとんどなかったことは間違いないのだが、生殖質の障害とか発育期の栄養不良とかの第一の条件づけ要因となるような原因を、こうした予防努力では取り除くことはできない。根本原因の本質にかかわるこれらの新しいデータが強く主張しているひじょうに早い段階での予防策が必要だということである。実際のところ、次の世代のためには今の世代が生活している時期にすでに何らかの手が打たれていなければならないのだ。

多くの研究者たちは形成期における神経系の障害に対する敏感性を強調してきた。また神経系の組織が身体の構造すべてにもっとも確実に影響を与えるものであるということを示すデータも、かなり提出されている。神経系の障害といってもその幅はピンからキリまである。ブラッカー編(13)『病的遺伝の可能性』に収められている「骨格の先天性異常」というハリス氏の論文には、卵子に異常をもたらすに違いないと思われる感受性の高い時期を明示するデータが載っている。
人間の胎児についてはほとんど注意深い研究がなされてこなかったといえよう。人間の胎児にかかわる研究もその対象は異常児に向けられ、妊娠して6週間ないし13週間に流産してしまうような異常な事態にもっぱら関心が寄せられていた。この時期は胎盤の発達がみられる時で、死亡率もこの時期では最低の場合でも15%ほどに達している。
人間の胎児の発達過程を辿りながら、彼は人間の胎児の成長過程が下等動物のそれと、どうしてこんなにも違ってくるのかを論じている。奇形卵子について彼は、「8週間以上生き延びてから受精した卵子は奇形児として誕生する」と述べている。私は以前、西オンタリオ大学のシュート教授からの私信を引用したことがあるが、そこで教授は流産した胎児に高い奇形発生率がみられることにいたく驚嘆したと言っている。この事実は障害のある個体を途中で排出してしまうという大自然の方法であるとも思える。さきのハリス氏は次のように述べている。
妊娠初期の切迫流産は休息とか安静とかがとられなかったためだとか、また子宮はゆくゆくは奇形児になるだろう異常卵子を、子宮それ自身から取り除くように機能するということは大いにありうることであるというふうに時おり主張されることがある。
重症の奇形は全部合わせても、わずかな比率にしかならないが、しかしそれがいつかは社会の厄介者にまで発展しかねないことは、現に手に入るデータが大いに示すところである。ハリス氏はモール氏(14)の研究を引用して次のように言う。
10万の妊娠記録から彼が判断したところによれぱ、正常分娩は8万572、正常胎児と奇形初期の胎児を合わせた流産が1万1765、奇形児として誕生したのが615であった。したがって要するに、132人に1人の割合で解剖学上の欠陥をもった子どもが誕生していることになる。そして上記のケ一スに入らない死亡と流産の事例が12例あったという。
これらのデータは、幼児の肉体的欠陥を伴ったすなわち重症の障害についてであり、それほど重くない形成期につくり出される障害は、誕生時点では認められなくて、長い年月が経たないとわからないということを明らかにしている。ハリス氏によれば、「受胎後6週間の間では、頭・脳・脊髄は悪条件に対してきわめて影響を受けやすい」彼は胎生期の胎児を1週間単位で調べ、各器官のなかで影響を受けやすい部位を探っている。私が何回にもわたって詳細に説明してきた未開種族にあっては、顔の奇形は永久歯が生え大人の身体つきにならないとはっきりしない。赤ん坊や子どもの頃に顔の発達の奇形が見られる場合でも、この子どもたちが、大人の顔つきになってくるともっと厳しい形で障害が現われてくるのが普通である。

ブルーム氏(15)は健康状態が全般的に良好だと診断されたある51歳の母親から生まれた障害児の解剖学的、組織学的特徴について発表している。その子の顔の形は正常型とはひどく異なっており、脳髄組織はまだほとんどできていなかった。このような極端な障害の発現という事実は、私たちの社会で次第に数を増しつつある知的、道的面での奇形児の研究において、私たちの関心をはるかに上廻る予想外の事柄であった。次の世代を誕生させるという責任を果たすためには、それぞれの親が身体的に健康であらねばならないという、大自然が要求する鉄則をこのことは強調しているのである。研究対象となったいくつかの未開種族は、この責任をみごとに果たしていた。

今日見られる身体的退化現象には、近代人のほとんどが安心しきっているような側面がある。もしも、暖をとるために燃料を集めようとすれば十分手に入るのにもかかわらず、家の中の家財道具を燃やしてしまうようなことは、誰しも不幸な、情けないことだと思うだろう。このことは、日々の、体の必要な消費を補う材料を食物から十分に補給することをせず、借用過程を通して自身の骨格から補いをつけているということと全く符合している。腰部骨折とか、その他の骨折とかの不意の事故などによって、多くの比較的年長の人たちに襲いかかる悲劇的な不幸というものに、私たちはすっかり慣れてしまっている。統計の示すところによれば、65歳以上の人の腰部骨折は、その50%は接合の見込みがまったくない。私たちはこれを高年齢の避けがたい結果の一つと考えている。前の第15章で、私は、台所の床を歩いている時痙攣が起って片足を骨折した男児の話をした。その足の骨は強く打ったために折れたのではなく、主として血液や体液に含まれているカルシウムや燐の量を適切に保つために、体内のミネラル類が血流によって運び去られていたという理由によるものだった。この幼児はビタミン欠乏のために、不十分ながらも摂取していた食物のなかに含まれているミネラル類をさえ吸収することができず、その結果、何ヶ月間も自らの骨を犠牲にしていたのである。乳から得られるカルシウムや燐はこの子の場合脱脂乳を使用していたが、ミネラル類を利用するためにはバター脂肪の賦活剤が必要だった。こうした賦活剤の補給と、精白パンをやめて小麦に含まれている正規のミネラルやビタミンを摂取するようにしただけで、この子の痙攣は直ちに止まったのである。

こうした借用過程は他にもいろいろな形で現われる。歯槽骨が歯の周囲から次第に細ってきて歯をぐらつかせる、いわゆる歯槽膿漏として私たちが考えているもののいくつかは、借用過程のなかでも、もっとも普通に見られるものの一つである。このように抵抗力の低下した歯槽骨はたちまち感染を起こすので、私たちはこの過程を主として感染という立場から考えることになる。歯の周りにいわゆる歯石とか歯塩が付着するということも、この過程の局所的な一面である。歯の付着物には歯肉を強く刺激して炎症を誘発させる有毒物質が含まれている。多くの未開種族では人々はたいてい老人になるまで1本の歯も抜けることなく保持しているばかりでなく、同時に歯を支えている歯肉もまた、若々しく健康に保たれているのである。未開人にはこうした付着物を取り除いてくれる歯科医も、自分でそうする手段もないはずなのに、である。特にエスキモーの歯のことを考えてみてほしい。彼らの歯は歯茎のところあたりまで磨滅していることが多いが、しかし歯肉組織は弱ってはいない。未開社会の多くの集団は事実、私たちがふつう歯槽膿漏とか歯肉炎とかの名で呼んでいるような病状に含まれる病気とは無縁なのであった。最新の知見によれば、歯槽膿漏はほとんど栄養上の問題である。栄養だけがそれを治す適切な方法であるとは限らないが、実際に症状がはっきりしており、栄養不良が原因である限りにおいては、栄養を強化しなければ治療が完全にうまくいくとは考えられない。栄養補強に加えて、付着物をこまめに除去したり、適切な投薬をしたりすれば歯槽膿漏の進行をくいとめ、予防することはできるだろうが、すでに起ってしまっている損傷を元通りに治すことはできないだろう。私たちの食生活に特に必要なのは、いくつかの未開種族で実行されているように、献立をもっともっと豊富にするという、私がすでに概略を述べてきたような点なのである。これらについては第15章で詳しく論じておいた。この借用問題のもう一つの重要な点は、身長の短縮にはっきり見られるような、骨格が徐々に縮小する事実に関係している。私は10年ないし20年のうちに身長が2インチから6インチ縮まった人を何人も診察してきた。骨の借用過程によって10インチも背が低くなった人にも数回出会ったことがある。我々の身体は血をつくるために毎日毎日一定量の新しいミネラルを必要とする。こうしたミネラルが食物によって補給されない時には、貯蔵庫である自らの骨から供給しなければならないわけである。

骨からミネラルを借用するという問題のなかでも、とりわけ悲しむべき事態は成長期にある少女の場合で、それには、身体が大きくなることを嫌がって肥らないようにと思う気持が第一の原因となっている。身体が発達し、かなりの量の新しいミネラルが必要となる時期に、少女たちは自分の身体をつくっている物質そのものを食い潰していっているのである。骨の形成はその前提にミネラルを必要としており、そのことが、当然に起こる身体の伸長や成長の条件づくりをするために、すでにできあがっている骨からのミネラル借用を誘発させるように大きく働きかけているわけである。こうしたプロセスによって身体の多くの骨は本来の堅さを失なうのだが、とりわけ脊椎骨にそれが著しい。その結果彎曲が起こり、ねこ背というのもその現われの一つとみることもできよう。

近代文明社会にひじょうによく見られるこのタイプの少女も、未開種族のなかにはいない。こうした少女連中のなかには、自分の身体発達における重大な時期に、身体のために悪いことを実行した結果、将来の自分の人生のうちに仕組まれていく苦しみや悲しみに気づく者は1人もいなかった。図134は借用過程が生んだ悲劇がどういうものであるかを示す一つの実例である。しかし実際には、身体に現われるこうした退化の形跡も未然に防ぐことができるし、うまくいけば、それらのうち多くのものは適切な栄養摂取によってほとんど治すことができる。うまく接合できない骨折でも栄養を正しく補強すれば接合が可能になる場合もよくある。これは若い人だけでなく高年齢の人についてもいえるのである。

顔やその他の奇形となって現われるような胎児期の発育不全による身体障害から生じる諸問題に加えて、さらに腰部の未発達に伴って必然的に起こる身体的ハンディキャップに対して関心を払う必要性がますます高まっている。近代文明社会における子どもの出生時に経験する難産という問題については、ロンドンのカスリーン・ボーガン博士(16)がすでに強調してきたところである。女史は著書『安全な出産』のなかで、人種という要因よりも発達の障害が骨盤の形を決めると述べている。同書の序文で、ジョーンズ・ホプキンス大学の婦人外科の名誉教授ホワード・A・ケリー博士は次のように言っている。
ボーガン博士は、すべての読者に強い感動を与えずにはおかないほど、多くの事実やデータを提示している。女史の結論は、我々が熟考しなければならないきわめて重要な内容をもっている。私の考えによれば、我々が少女を育てる場合の方法や、「文明」生活の風習に広く親しんでいる今日の婦人たちの習慣は、すぐさま徹底的に立て直されるべきである。
この重要な研究は、参考にしようと思えばアメリカの学校図書館でいつでも利用できるようにしておくべきである。第21章ではそれよりもう一歩進んだデータが提示されている。

近代社会の母親たちの出産時の苦しみとその時間の長さに比べ、未開社会の母親にみられる出産の軽さとを、比較対照すればよい。未開社会のなかで仕事をしている多くの医師たちは、新生児の力強い健康とその優秀さを強調してきた。したがってここで強調すべきは、母親にとって楽な、その上時間も短い分娩が幼児のためには必要なのだという点である。楽で短いという2つの要因は、もし懐妊期と懐妊前の母親が、食事を通して完壁な生殖細胞を保証する適切なビタミンを摂取すれば、母親の栄養摂取によって吸収された母体のビタミン分と母体の身体的発達とによって直接もたらされる結果としての要因なのである。

妊婦への投薬の結果は、胎児の脳に障害を生じやすくすることについては、デトロイトのフレデリック・シュライバー博士が強調した。1938年6月にサンフランシスコで開催されたアメリカ医学会の会議にあたって提出した論文で博士が分析しているところによれば(17)、72%の子どもに、出生時あるいはその後数日にわたって呼吸困難がみられるということが報告された。そしてこの呼吸困難症が脳障害の原因となると博士は結論している。

呼吸が困難であるということは、結果としてその個体に酸素の欠乏を導くにちがいない。血液中の酸素の供給が不十分であれば脳細胞組織に深刻な影響をもたらすだろう。これと関連して彼は、酸素の欠乏が脳の微視的な変化を生じさせるという解剖による検証結果を引用している。シュライバー博士は、検査した子どものX線写真によって多様な段階の脳萎縮症を明らかにした。シュライバー博士の研究でも、脳細胞組織は一生ハンディを背負うような障害にかかりやすいということが、大いに強調されているのである。

引用文献

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